岡 崎 城
徳川家康が産声を上げ徳川の基礎を固めた城
![]() |
地図 ![]() |
|
| 復元天守 |
| 歴 史 | 岡崎城の起源は室町時代まで遡る。三河の守護大名仁木氏の目代として西三河南部 を支配していた西郷稠頼が室町時代中期の享徳元年(1452)から康正元年(1455)にかけて築城した。西郷氏はこの城を拠点に、北方の加茂郡松平郷から起こった松平氏を防ごうとしたが、その勢力に対抗できず、大永4年(1524)松平清康(徳川家康の祖父)が西郷氏を追い出し、岡崎城に入城して松平氏の本城とした。 この清康の孫で天文11年(1542)に産声を上げた松平竹千代が後の徳川家康である。家康は6歳で織田氏、8歳で今川氏の人質となり、少年期を他国で過ごしたが、 永禄3年(1560)の桶狭間の合戦で今川義元が戦死したため今川氏から開放され、岡崎城を本拠として東に勢力を伸ばしていった。元亀元年(1570)家康は本拠を遠江の浜松城に移し、嫡男信康を岡崎城主とした。しかし、家康の正室築山殿の不始末から信康は切腹し、家康の重臣石川数正、次いで本多重氏が城代となった。 この間、度々城の修築が行なわれたが、特に天正13年(1585)石川数正が豊臣秀吉のもとに走った時、秀吉が大挙して三河を襲うという風説がたち、家康は三河の諸将に命じて大修築を行い、西からの大軍襲来に備えた。 ![]() 天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原征伐の後、家康が関東に移されると、秀吉配下の武将田中吉政が岡崎城主となり、城域を広げて城下町を整備した。岡崎城に最初の天守を建てたのも田中吉政といわれている。 家康が江戸幕府を開いてからの岡崎城は「家康出生の城」として神聖視され、本多氏、水野氏、松平氏など家格の高い譜代大名が城主となった。石高こそ5万石前後と少なかったが、諸大名は岡崎城主となることを誇りとしたようである。 明和6年(1769)本多氏(忠勝系統)が城主となって以来、本多氏5代で明治維新を迎えた。 |
| 一口話 | 徳川家康の正室である築山殿と、家康の嫡男信康が武田氏に内通していた疑いが持たれる。築山殿は名門今川氏や武田氏との縁が深くわがままであった。また信康の実母が築山殿であったことから信康も疑われたようである。このことは信康の正室であった織田信長の息女から信長に宛てた文から発覚した。これに怒った信長は家康に二人を始末するように命じる。家康は断腸の思いで信康に切腹を命じ、築山殿も家康の家臣の手によって殺害された。これに懲りた家康はその後正室を持たなかった。 この事件のいきさつは大仏次郎の『築山殿始末』という戯曲に生々しく描かれている。 |
| 見どころ | 昭和34年に岡崎城のシンボルともいうべき三層五階の天守が復元され、江戸時代に東海道を往来する旅人が仰ぎ見た姿を今も眺めることが出来るようなった。この天守は元和3年(1617)本多忠利が再築したものを模したものであり、内部は江戸時代の岡崎を紹介する歴史資料館になっている。この天守に連結して井戸櫓と附櫓も復元された。岡崎城は江戸時代としては古風で複雑な縄張りの城であったが、その姿は復元天守や今に残る石垣、南側に一部残る堀で偲ぶしかない。 岡崎城跡は現在、岡崎公園となり、公園入口には大手門とそれに続く城壁が建ち、美しく整備されている。園内に入ると、 正面に「三河武士のやかた家康館」がある。徳川300年の太平の世を開いた徳川家康の人間像と、天下統一への苦難の道を家康とともに歩んだ三河武士の生き様をハイテクで紹介している。公園内には徳川家康の銅像や、からくり時計塔、二の丸御殿能楽堂、天守の側には龍起神社が建てられている。 公園西側には「産湯の井戸」も残っている。松平郷の松平館にも「家康産湯の井戸」があるが、家康の産湯には主として岡崎城の井戸水を使ったものと思われる。 「産湯の井戸」がある一帯は苔むした石垣が残り、鬱蒼と茂る樹木とあいまって、在りし日の岡崎城の姿が感じられる。 |
| 周辺案内 | 岡崎に来てまず参拝したいのは法然上人を開祖とする浄土宗の大樹寺。大樹寺は天文4年(1535)松平清康が七堂伽藍、多宝塔を建立した。徳川家の祖先である松平家の菩提寺であり、江戸時代260年の間、徳川氏が最も崇敬した寺である。本堂には家康が生涯座右の銘とした「厭離穢土 欣求浄土」の8文字が大きな書体で書かれている。現在も残る多宝塔は国の重要文化財。大樹寺が所有する国重要文化財の障壁画は見逃せない。滝山東照宮は三代将軍徳川家光の創建で、滝山寺本堂の一段高いとことにある。本殿をはじめ5棟が国の重要文化財に指定され、極彩色の社殿は往時の徳川家の権勢を今に伝えている。 伊賀八幡宮は徳川家康の祖・松平家の氏神として松平氏四代親忠が伊賀から迎えた八幡宮。家康が合戦にのぞむ際には必ず訪れて戦勝祈願をしたと伝えられ、本殿と随身門が国の重要文化財に指定されている。 |