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今 治 城

海水を掘に取り入れた全国でも珍しい海岸平城

 所在地:愛媛県今治市通町
 別  称:吹揚城
 築城年:慶長7年(1602)
 築城者:藤堂高虎
 形  式:平城(水城)
 遺  構:石垣、堀、復元天守・櫓・城門

 地図 
復元天守
歴 史  慶長5年(1600)関ヶ原の合戦で戦功のあった藤堂高虎は宇和島8万3千石から堀と石垣東伊予20万石に加増され、当初は小早川隆景や福島正則も居城したことがある国府城に入城した。しかし、国府城は山城のため城下町の経営や水軍の基地などに不便であったことや、東伊予の大名の居城にふさわしくないとの理由から、当時は一寒村にすぎなかった瀬戸内海沿岸の今治の地に新たに築城することになった。
 築城の名手であった藤堂高虎は慶長7年(1602)6月から今治城の普請に着工、慶長9年(1604)9月に完成。その規模はおよそ八町十六間四方に及んだという。復元櫓門
 藤堂高虎は同時に城下町の整備も進め、現在の今治の原形を作り上げた。わずか2年余りの短期間で完成したのは、松山城の加藤嘉明に対抗するためだったといわれている。
 藤堂高虎は慶長11年(1606)江戸城縄張りの功により2万石を加増され、22万石となった。同年、妻子を江戸に住まわせ、これが後の参勤交代の基になったという。
 慶長13年(1608)伊賀一国と伊勢8郡復元武具櫓を与えられた藤堂高虎が伊勢津城に移封となった後、今治城は高虎の養子高吉の居城となったが、藤堂家の分家であるため石高は大幅に削られて2万石に格下げとなった。
 寛永12年(1635)藤堂高吉が藤堂本家の分家として伊勢に移ると、松山城主松平定行の弟定房が3万5千石で今治城主に封ぜられ、今治松平氏の初代となる。以後、今治藩は松山藩の支藩として、松平氏10代で明治維新を迎える。
 なお、松平定行と定房の父である定勝は徳川家康の生母於大(おだい)の方が久松俊勝と再婚して生んだ子で、定勝は家康の異父弟ということで松平姓を許され、久松松平氏と称し、松山藩主松平定行が宗家となる。
一口話  今治城は高松城(香川県)、中津城(大分県)とともに日本三大水城の一つ。藤堂高虎築城当時の今治城は内堀、中堀、外堀と堀が三重にめぐらされ、すべての堀が瀬戸内海の海水とつながっていて、潮の干満で堀の水位も変わったという。
 今に残る残る堀にも鯛やヒラメなどの海水魚が泳ぎ、釣り人の姿も見受けられる。海から吹き揚げた砂地の上に築城したので別名「吹揚城」とも呼ばれている。
見どころ  今治城跡に残るのは本丸跡と二の丸跡で、見事な石垣と幅約50mの美しい勘兵衛石内堀がめぐらされているが、明治維新までの規模は今の10倍以上であったといわれている。
 現在、二の丸跡は吹揚公園となり市民の憩いの場所となっている。鉄門跡には「勘兵衛石」と呼ばれる巨石がある。家老で今治城の築城奉行であった渡邊勘兵衛がこの巨石を用いて威勢を振るったという。
 本丸跡に昭和55年、五層六階の天守と櫓門が再建。同年、二の丸跡に武具櫓、昭和60年に御金櫓、さらに平成2年には山里櫓が再建され、築城当時の威容を偲ばせるようになった。
 今治城の天守は藤堂高虎が津へ転封された際に解体され、天下普請の丹波亀山城に移築されたことから、現在の天守は亀山城の古写真などの資料を基に再建されたもので、天守内部は今治藩ゆかりの歴史資料館となり、甲冑や刀、火縄銃、今治城古絵図や藩主の書画などが展示されている。復元山里櫓最上階からは瀬戸内海の島々や来島海峡大橋を一望でき、眺望絶佳。天守に付随する櫓門は城門も兼ね、その二階は地場産業館。
 二の丸跡に建つ御金櫓は郷土美術館、山里櫓は古美術館として、郷土にゆかりのある品々が展示されており興味深い。
 石垣を眺めながら内堀を一周して、藤堂高虎の築いた在りし日の水城の姿に思いを馳せるのも良いだろう。山里櫓付近から眺める天守はなかなかのもの。
 瀬戸内しまなみ海道開通を契機に今治城がライトアップされるようになった。ライトアップは毎日、日没30分後に始まり、午後11時まで。夜景に浮かぶ今治城もまた格別である。
周辺案内  しまなみ海道が開通したので生口島にある耕三寺と、大三島にある大山祇神社を訪ねると良いだろう。
 耕三寺は生口島出身の耕三寺耕三氏が母の菩提を弔うため、昭和11年から30年余りの歳月をかけて建立したもの。境内には多くの堂宇がひしめきあっており、そのほとんどが日本の代表的な社寺建築を模して造られたものである。特に孝養門は日光東照宮の陽明門を模して建てられたものであるため「西日光」と呼ばれている。個人が建立した珍しい寺院であるので、多くの観光客で賑わっている。
 大山祇神社は伊予国一ノ宮で、海神・武神として古くから武士の信仰を集めた神社である。特に宝物館が圧巻である。源義経をはじめ歴史上の有名な武将たちが戦勝の御礼に奉納した武具・甲冑類が展示され、その多くが国宝・重要文化財に指定されているので、一生に一度は見学したい。

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