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姫路城周辺案内

好 古 園  正式には姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」と呼ばれ、姫路城を借景に、発掘調査で確認された遺構を生かして平成4年に造営された日本庭園である。
 姫路城の南西、大手門の近くにあり、総面積は約1万坪にも及ぶ。滝や池のある池泉回遊式の「御屋敷の庭」を中心に、数寄屋造りの茶室のある「茶の庭」のほか、「苗の庭」、「流れの平庭」、「夏木の庭」、「花の庭」、「松の庭」、「築山池泉の庭」、「竹の庭」といった個性的な9つの庭園から構成されている。
 江戸時代を偲ばせる築地塀や屋敷門、長屋門などもあり、85種1万本の樹木と四季折々の花、水の流れが美しく、時代劇やテレビドラマのロケ地のメッカとなっている。
好古園
姫路市立美術館  姫山公園に隣接し、明治時代に建てられた旧陸軍の武器庫を美術館にしたもの。そのクラシックな赤いレンガ造りの建物は日本各地にある美術館とは違った趣きがあり、この建物を見るだけでも心の休まる思いがする。
 館内にはベルギーが誇るシュールレアリスムの画家ポール・デルヴォーの作品を数多く所蔵しており、中でも「海は近い」はデルヴォーの代表作で、その前に立つと青白い光に包まれた空間に惹きこまれそうになる。デルヴォーに魅せられて遠くからこの美術館を訪れる人もある。
 また、ピカソのデッサン連作や版画、ムンクの版画なども収蔵。日本画では酒井抱一や橋本関雪、小磯良平など見るべき作品は多い。
姫路市立美術館
県立歴史博物館  市立美術館の北側に隣接して建つ兵庫県の古代からの歴史と姫路城のすべてが理解できる博物館である。「兵庫の歴史」、「姫路城と城下町」をテーマとした常設展示のほか、兵庫県の歴史・文化・民俗などを紹介したビデオライブラリーはなかなか充実した内容である。丹念に見学すれば時の経つのも忘れてしまうほどである。
 「姫路城のすべて」の展示室では縄張りの巧妙さ、城の防御の堅固さを精巧な模型を中心に、絵と写真も用いてわかりやすく紹介している。また、土器や銅鏡などに触れたり、十二単や鎧を試着できるコーナーなどもある。
県立歴史博物館
姫路文学館  播磨ゆかりの学者・文学者9人の資料を収集、展示し、その精神世界を再現しようとする斬新な試みは全国でも話題となるほど充実した文学館である。
 学者のセクションでは歴史学者の三上参次、辻善之助、哲学者の和辻哲郎、国文学者の井上通泰の4人の資料が展示されている。井上通泰は民俗学者の父といわれる柳田国男、日本画家・松岡映丘ら俊英ぞろいの5兄弟の一人である。いずれも豊かな髭をたくわえ、正装して集まった5兄弟の写真は壮観である。
 文学者のセクションでは詩人の有本芳水、作家の椎名麟三、阿部知ニ、歌人の初井しづ枝、岸上大作の5人の資料が展示されている。
 平成8年には祖父が姫路出身の司馬遼太郎記念室も新設され、多くの司馬ファンが訪れるようになった。
姫路文学館
書写山円教寺  姫路の中心部から北方へ約6km、標高371mの書写山山頂に建つ天台宗の古刹で、西の比叡山とも呼ばれ、西国巡礼27番札所でもある。
 書写山へはロープウェイがついていて、その山頂駅からゆるやかな坂道を歩くこと15分で摩尼殿(まにでん)に到着する。京都の清水寺と同じく山の斜面に建つ舞台造りの建造物である。
 摩尼殿からさらに奥の方へ歩くと、重要文化財に指定されている大講堂・食堂(じきどう)・常行堂がコの字型に配列され、造形の妙を見せる寺域に至る。この3つの堂を眺めながらこの地に佇めば、心が洗われるような安らぎを覚える。
 大講堂は室町時代中期の建物で、二層の屋根が見事である。40mもの長さの食堂はかつて多くの修行僧が食事をした場所で、二階建てになっているのが全国でも珍しい。大講堂の向いにある常行堂は唐破風を持つ舞台を正面と思いがちだが、実は舞台の左側が正面である。本尊の阿弥陀如来が安置された堂内では、90日間ぶっとうしの厳しい修行が行なわれていたため、常行堂と名付けられた。
 さらに奥に進むと円教寺を開いた性空上人を祀る開山堂があり、ここを書写山の奥の院と呼んでいる。軒の四方を支える力士像は左甚五郎作と伝えられ、北西の力士像があまりの重さに耐えかねて逃げ出したという伝説がある。
 武蔵坊弁慶は若き頃、書写山で修行していたといわれ、弁慶が使ったという机も残っている。
大講堂(重要文化財)
お夏清十郎比翼塚  お夏は姫路の米問屋但馬屋の娘。清十郎は室津の酒造家の息子で、勘当されて但馬屋の手代となる。お夏清十郎は相思相愛の仲となり、船で逃げ出そうとしたところを捕えられて、清十郎は処刑。お夏は気が狂ったという。
 この事件は当時の歌祭文(うたざえもん、読売)やはやり唄で全国津々浦々に知られる。井原西鶴の浮世草子『好色五人女』、近松門左衛門の浄瑠璃『五十年忌歌念仏』、明治以降も坪内逍遥の歌舞伎舞踊『お夏狂乱』、真山青果の『お夏清十郎』などに描かれている。
 井原西鶴の『好色五人女』は内外の西鶴愛好者の間で読まれ、近松の『五十年忌歌念仏』は文楽で上演されることもある。
 お夏清十郎の比翼塚は江戸時代の人々が鎌倉時代の石で造った見事な供養塔で、今は姫路市内の慶雲寺にあり、西鶴や近松の愛好者が遠くから訪れてくる。
慶雲寺境内にあるお夏清十郎比翼塚
廣 峯 神 社  廣峯神社の歴史は古く、第十代崇神天皇の御代に創建されたと伝えられる。
 奈良時代の天平5年(733)吉備真備が長い唐での留学を経て帰朝し、厄除けの神として知られる牛頭天王(スサノオノミコト)を播磨の古代からの湊である室津から迎え入れ、祭神とした。
 本殿は室町時代中期の建物、拝殿は江戸時代に修理され、ともに国の重要文化財。
 参道からは姫路市街を経て、家島が浮かぶ瀬戸内海国立公園が遠望できる。
 後に牛頭天王は京都の八坂神社に祀られ、廣峯神社は祇園さんの前身と称されている。
拝殿と本殿(国重要文化財)

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